晩秋の前に
2009年 10月 20日


穏やかな青い海、憩う家族、散歩のわんこ★
我が家ものんびり海を眺める。

特別な用事がなくて天気の良い日曜は家事が終わるとノエルを車に乗せて
近くの海岸へ行く。
2,3時間過ごして家に帰り・・・・・。
夕食を食べ 天地人を観て・・・・。
そして日曜も終わりっまた月曜を迎える。
当たり前すぎる表現ですね・・・(笑)
普通に繰り返されるなんでもない日々はなんて素晴らしいことなのか・・・
普段は全く考えなかった当たり前の時間に
突然あたりまえじゃいことも起きたりすることもあるのだということ
毎日が楽しいねえなんてことは実は奇跡だったりなんて・・・・。
前からある程度、人はわかって暮らしているにしても、世の中見回すと
とんでもないほどの悲しみやつらさを背負う出来事が毎日起こっている。
わが身に同じようなことが起こらなくても人は、その心に添うことが
できているのだろうか。
悲しみやつらさで押しつぶされようになろうともそんな中でも人は生きていく。
皆生きている。
生きる使命がある。
身の回りの友人、知人に続いて起きた出来事でついつい
いろいろなことを考え出してしまった;;
そんな時もあるよね・・・・。
こんなこと↓
長いし個人的すぎることですよ。


元気がない私に*これ食べて元気でいこうよ♪*とタルト好きな私に
夫がタルトのおみやげを買ったきた。
多いよ;;
日曜の夜遅く夫を息子のように、娘たちを孫のように
可愛がってくれた叔父が亡くなった。
余命宣告は受けていても、え!とびっくりするくらい早い死だった。
これからの1年が戦いの日々だとだれもが心を痛めていた矢先の出来事だった。
高度成長時代の商社マンだった叔父の話は楽しかった。
いろいろ思いだすと楽しい話でも泣けてくる。
84歳、早い死なのか、もう仕方のない年の死なのか私にはわからないが
生きる意欲をすごく持っていただけに残念な気がしてならない。
それでも苦しみが始まる前に他界したのはせめてもの幸いなのか・・・。
残った者はみな慰めになることを実によく考えるものだということを
あらためて私も含めて感心している。
22日にすべての儀式が終わる。
すべてが定められた叔父の死ならダンディでカッコよかった叔父の人生に
乾杯したいと思う。
可笑しいですね。
ブログに書いたことで気持ちが軽くなっている自分を発見。
私も元気にいつか来るその日までは希望を持って生きるから・・ね叔父様。

